二の丸のご案内
Castle Ninomaru
二の丸について
二の丸「安芸国広島城図(部分)」広島城蔵
二の丸は本丸に次ぐ重要な郭(くるわ)(区画)で相当の規模や施設を持っている城郭が多いのですが、広島城の場合、規模が小さく、本来は本丸の馬出(うまだし)として設けられたものとされます。
馬出とは郭の出入り口に築かれた、堀で囲まれた小さな区画のことを指し、出入り口を守り、また外部へ出撃する際の拠点としての役割を持ちます。
近代以降も二の丸には表御門(おもてごもん)・多聞櫓(たもんやぐら)の一部・太鼓櫓(たいこやぐら)がありましたが、昭和20年(1945)の原爆被害により、石垣を残して全て失われました。
昭和28年(1953)、本丸などとともに史跡として指定され、法的に保存の対象となりました。
上空から
表御門・多聞櫓・太鼓櫓古写真
(南西から。昭和戦前か。広島城蔵)
太鼓櫓・多聞櫓古写真
(東から。昭和戦前か。広島城蔵)
完成した二の丸復元建物
二の丸復元建物の工事は、表御門・御門橋が平成元年(1989)6月に始まり、同3年12月28日に完成、平櫓・多聞櫓・太鼓櫓・西側塀が同3年12月に始まり、同6年8月31日に完成しました。各櫓の内部は公開中です。